天才棋士藤井聡太を育てたおもちゃの立体パズルキュボロが人気に!
史上最年少プロ将棋棋士の藤井聡太さん。
将棋に詳しくない人でも、藤井聡太さんのニュースが流れると、
なんだかスゴイ少年が出てきたんだな~っと感心しちゃいますよね。
天才と呼ばれるプロ棋士の藤井聡太さん。
いったいどんな環境でどんな風に育ったらあんな天才になれるのか?興味津々です。
そして、天才藤井聡太棋士が小さい頃に遊んでいたというおもちゃが話題になっています!
今回は藤井聡太さんが幼少の頃に遊びながら頭を使っていたといわれるおもちゃを、
藤井聡太棋士のプロフィールと併せて調べていきます!!
藤井聡太棋士のプロフィール
名前 | 藤井 聡太(ふじい そうた) |
生年月日 | 2002年7月19日 |
出身地 | 愛知県瀬戸市 |
血液型 | A型 |
身長 | 169cm |
好きな食べ物 | ラーメンなどの麺類 |
出身校 | 名古屋大学教育学部付属高等学校 在学中 |
段位 | 七段 |
師匠 | 杉本 昌隆 |
2020年5月時点で17歳です。
5歳の夏ごろから将棋を始めました。
それ以前は電車好きで運転士になりたがっていたそうですが、
おばあちゃんがたまたま渡したおもちゃの将棋盤に興味を示したのだとか。
おばあちゃんと一緒に初心者同士で遊んでいるうちにおじいちゃんにも勝てるようになって、
どんどん面白くなっていったのだとか。
すぐにルールを覚えていった藤井聡太棋士。
夏から始めた将棋ですが、秋ぐらいにはおじいちゃんも歯が立たないほど強くなっていったそうです。
5歳でおじいちゃんを負かすとは、スゴすぎですよね。
近くの将棋教室に通い始めると、メキメキ上達して、1年で20級から4級まで、
なんと16級も昇級したのだとか!恐ろしすぎです!!
そして、小学校3年生の時、「全国小学生倉敷王将戦」と「将棋日本シリーズ こども大会」東海大会で優勝すると自信が付き、本気でプロを目指すようになったのだとか。
小学校3年生でプロを目指すっていうのが、またスゴイですよね。
小学校3年生って、クラスの皆でワーワー騒いでいるくらいの時期ですよね。
10歳ぐらいなんて「プロ」なんていう言葉すら頭にもないぐらいに能天気な気がしますが、
さすが藤井棋士!
小学校4年生で新進棋士奨励会(プロ棋士を養成する機関)に入会します。
しかし、奨励会では負けが続いた時期があり、その頃が一番つらかったのだそうです。
藤井棋士はとっても負けず嫌いなのだそうで、負けた時の泣き方が尋常じゃないほどだったらしいです・・・。
普段はおとなしそうな印象ですが、めちゃくちゃ負けず嫌いなようです。
それでも「将棋が好き」だった藤井少年は負け続けても将棋をやめたいとは思いませんでした。
小さいころから諦めない粘り強さが身についていたようです。
藤井聡太氏が幼少期に遊んだおもちゃは?
藤井少年が好きだったおもちゃは、『キュボロ』という積み木のような立体パズルでした。
木で作られた立方体とビー玉がセットになっています。
木で作られた立方体には溝が掘ってあって、それらを積み木のように組み合わせて、
通り道を作っていってビー玉を上から下に落としていくというものです。
これは大人でもかなり頭使いそうです・・・。
藤井聡太棋士は飽きもせずに何時間でもこのおもちゃで遊んでいたそうで、
これで集中力と持久力を身につけたのでしょうね。
藤井聡太棋士の母親が
「私でもできないことを3歳の聡太が作るのを見て天才かと思いました。親バカですけど。」
と語っていたぐらいです。
この「キュボロ」は、現在はamazonや楽天などのネットショップで購入できます。
実店舗でも置いてある所があるようですので、問い合わせてみるといいかと思います。
まとめ
愛知県瀬戸市で生まれ育った藤井聡太さん。
5歳の頃から将棋を始めます。
おばあちゃんと遊びながら始めた将棋は、みるみるうちに上達し、あっというまにおじいちゃんも歯が立たないほどに。
「全国小学生倉敷王将戦」と「将棋日本シリーズ こども大会」東海大会で優勝し、本気でプロの道を目指すことになります。
負けた時の泣き方が尋常じゃないくらい小さいころからとにかく負けず嫌いだった藤井少年。
小さいころに熱中していたおもちゃが「キュボロ」という木で作られた積み木のような
立体パズルのおもちゃでした。
何時間も飽きずにこのキュボロで遊んでいたそうで、これで集中力と持久力が身についたようです。
史上最年少タイトル挑戦の可能性も出てきたということで、
これからもますます目が離せませんね!
応援しています!!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!!